本と映画とあさひかわ

書評・映画評Blogにしようと目論んでいましたが、うっかり『バーフバリ』からインド映画にハマリ、その後NetflixとAmazon Prime含め映画をたくさん見るようになりました。ありがとうバーフバリ。

5. 語り直される神話―『古代ギリシャのリアル』

 久しぶりに書評を更新する。とはいえ、最近流行りの*1バーフバリの話もちらちらと顔をだす。もうしょうがない。すみません。

 

 さて、今回はギリシャ神話の話からはじめたい。

 藤村シシンさんという方をご存知だろうか。

 大学で西洋古代史、とくにギリシャ神話の英雄に関する歴史学的検討をされ、現在はギリシャ神話研究家・アポロン巫女見習い*2の肩書で活動されている。

 古代ギリシャの祭儀をアレンジして再現したイベント「古代ギリシャナイト」主宰者でもあり、アポロンの信仰を世に広めるため日々活動されている。

 今回の書評は、2015年に刊行され、その後順調に版を重ねる(現在第5版)、著書『古代ギリシャのリアル』である。

古代ギリシャ人の合理的精神―『古代ギリシャのリアル』

 

 

  さきほど紹介したようにシシンさん自身はガチの歴史研究者なのだが、この本は非常に読みやすい一般向けに書かれており、友人からひとりエレクトリカル・パレードと評される*3シシンさんの陽の気が存分に感じられる良書。つまり、わかりやすく、シモネタ混じり*4で明るく、なおかつ押し付けがましくないのに限界まで入った膨大な量の脚注で、もっと知りたい...となったひとは好きなだけ深掘りできる仕様になっている。

 本書はまず「青い海、白亜の神殿ーーという古代ギリシャのイメージは、幻想です」というところから始まる。

 え??じゃああの青い海と、カラー写真でも目に刺さるようなあのパルテノン神殿はいったいなんなの???と思われた方もいるだろう。その種明かしは本書を読んでいただくとして、そういった、現代の古代ギリシャのイメージはどこからきていつから生み出されているのか?という、イメージの地層を剥いでいく第1章「『古代ギリシャ』の復元」からぐいぐい引き込まれ、第2章「ギリシャ神話の世界」であなたの(よく)知ってる古代ギリシャの神話、あれもちょっと違うんですわーーー!と展開し、アリとキリギリス、夢占い、古代ギリシャ人は神を信じていたか?という第3章「古代ギリシャ人のメンタリティ」まで、あっという間にたどり着いてしまう。

  一般書ではなかなか見ない量の脚注がついてるだけじゃなく、図表も写真もふんだんにあってとにかく目で見て考える、楽しい研究紹介書である。鮮やかな装丁に油断してかかると、真面目な学術文庫くらいの衝撃と内容で殴ってくる重装甲車。気をつけて下さい。

 また本書を読み、神話や神話研究というものに大して抱く曖昧なイメージが一部払拭された。何しろ藤村氏によれば、古代ギリシャの神話が生み出される理由は以下のようなものだ。

 (前略)こんな風に、古代ギリシャではたったひとつの神話上の登場人物の行為が、現実の大勢の人びとの生死を分けます。これは古代ギリシャ人にとっての神話が荒唐無稽なお伽話ではなく、「この世界がどう始まり、何によって構成されているか」を説明するための科学であり、自分たちの祖先がどう生き、どう戦って死んだかを記憶するための歴史だったからです。彼らにとっての神話は、科学であり、歴史であり、政治であり、そして時には戦時において人間の生死にも影響力を持つ、きわめて現実的で致命的な物語でした。(pp. 46-47)

 神話も天文暦も(ギリシャの星座*5も)、実用目的、合理的精神のたまもの。世界を説明し把握するための方便ということでしょう。

 

 個人的なお気に入りは、第2章にある「神々の履歴書」コーナーでオリンポス12神の中から推し神を見つけたことと(職人に信仰されたヘパイストスと、庶民に愛された口八丁の神ヘルメス)、ハリー・ポッター古代ギリシャ語訳版『ハレイオス・ポテールと賢者の石』についてのコラムの最後の文章だ。

ぜひエンネア・カイ・タ・トリア・テタルタ番線から出発するオキュポロス・ヒュゴエティケに乗り、ハレイオス・ポテールと一緒に魔法の世界へアナパシスしましょう!(p. 249)

久しぶりに声に出して読みたい文章だった。

 

 しつこいようだがここからバーフバリの話をさせて欲しい

 さてこの本を読み、また古代のひとたちの精神世界について考えたりしていたところ、ちょうどバーフバリという映画を見た*6。『古代ギリシャのリアル』でもたびたび書かれるように、古代の神話が生まれる時代の話は往々にして詳細が不明で、私たちは、現代に至るまでのあらゆる時代の人達が語り直してきた神話を目にすることになる。歴史史料が残っていてそれを解読・解釈することはできるが、後世の研究者の目が解釈することになり、研究者自身のバイアスを完全に取り払うことはできない。

 古代ギリシャ神話について言えば古代ギリシャ人も「意味わかんない」と思っていた(気配のある)部分は古代ギリシャに先行し影響を与えたメソポタミア起源の神話要素があったり、神々が人間の意図を越えて「残酷に」振る舞う神話をローマの詩人オイディプスがロマンチックに語り直した*7などの要素がある。

 こうした神話研究の話自体は、「人間はいつも世界を再解釈することでまがりになりにも人生と折衷してやっていく」という私の考えと一致し面白いと思うことはあったものの、では神話を読んで面白いか?というとそう思ったことは一度もなかった。「古くて、私には理解しにくいもの」という印象だった。

 しかし、映画『バーフバリ』(2017年公開、2018年2月現在絶賛各地で上映中!)を見て唐突に合点がいった。『バーフバリ』は現代もインドに伝わる信仰や昔の物語を、現代的な技術と価値観で再構成し、普遍的な物語(と、現代の我々が感じられるもの)として提示したものなのだ。

 歴史物語というより叙事詩をつくる、あるいは神話を見せるという意識がはっきり感じられるのは、後編冒頭で流れるこの曲だと思う*8。以下のリンクはインドの公式配給がyoutubeにあげている動画で、歌はテルグ語、日本語字幕がないのでわかりづらいが、タイトルのOka pranam は「一つの命」という意味のようだ*9

 

www.youtube.com

 注目すべきはこの歌の画面構成で、他の公式ミュージックビデオや本編中に流れる歌のうち、これだけが、生身の人間ではなく陶器・金属製の人形が場面場面を再現しているということである。

 はじめてこの歌を映画館で聞き、映像を見たとき、私はとっさに「今から私は神話を見るんだ」と感じた。この歌は前編の場面を振り返るだけでなく、前後編を貫くテーマを歌い上げており、かつ個々の場面の人間は生身の人間ではなく、一見してそうとわかる人形の形で登場する。

 まるで、後世の人間が、親の親の、さらにその先から聞いた物語を形にした、神話上の神々、叙事詩の登場人物のように。(そう思ってみると、滝の上を目指すシブドゥや滝の上の女神が緑青を帯びているのも一層効果的ではないだろうか?)

 また、この動画を見ただけでは本編の内容はほとんどわからない(一度見ると全てが印象的な場面で構成されていることがわかる)という仕組みになっており、「知った人に物語を想起させ、共有させる」という装置として際立っている。

 また語ってしまったが、神話としても人間ドラマとしてもエンターテイメントとしても完成度の高い作品なので気になったら是非見てみて下さい。(2018年2月現在)まだ各地映画館で上映中の上、DVDやblue-lay,アマゾンプライムなどよりどりみどりです。

オススメリンク・関連図書

 他にも古代ギリシャ式の祭儀を日本で行ったり、実験で古代のインクを再現して当時の巻物を復元してみたり、色々とされているので興味を持った方は以下をチェックしてみたりすると面白いと思う。

togetter.com

 この実験がきっかけで今読んでいる本。楔形文字、円筒印章、コイン、羊皮紙ほかいろいろを、資料学・文字学・考古学・保存科学などの見地からよってたかって研究している本。もとは大学の特別講義で、こちらも読みにくくないのでオススメ。 

モノと人の新史料学 古代地中海世界と前近代メディア

 

バーフバリ 伝説誕生(Blue-lay

バーフバリ 王の凱旋(Blue-lay)

 バーフバリはどちらも面白いんですが、個人的には1より2の方が面白いと思います。

2→1見ても大丈夫だし、まあちょっと気になってきたらこういう記事もあるから読んでみてくれよな...。

azkhml.hatenablog.com

こっちはちょっとだけネタバレもあるから1か2を見てからどうぞ。

azkhml.hatenablog.com

*1:私のtwitterをみて頂ければわかるが、流行りどころではない

*2:「仕事まとめ」- 藤村シシンぶろぐ「エペナス・シシナス・フジムラス」http://www.style-21.jp/diary/sisinf/ (2017年11月27日作成, 2018年2月5日閲覧), 「メンバー紹介」 - 幽玄会社古代ギリシャナイトhttps://ancient.gr/biographies/ (2018年2月5日閲覧)

*3:盟友・黒川巧氏による発言

*4:ちゃんと本の後半に大人のコーナーがもうけられているので、子どもに読ませるには本の前半をちぎれば良い

*5:星座の話はこの本ではあまり取り上げられて居ませんが、今丁度全国でシシンさんが行っているNHKカルチャー講座で聞くことができます

*6:そのためこの本の書評を公開するのがだいぶ後ろにずれこみました

*7:pp. 62-64

*8:この映画は前編『バーフバリ 伝説誕生』と後編『バーフバリ 王の凱旋』の二部構成で、この歌は後編の冒頭で流れる。

*9:参考URL:What is the complete meaning of the Oka Pranam song from Baahubali 2? - Quora